儲けんかな主義は、時に、荒業を使います。かつて個別指導といえば、1対1での対面授業でした。それが今や、学年・教科の違う複数生徒を同時に教えても、一人ひとりにあった「個別指導」なのだそうです。また、同時に20人を教えながら「少人数授業」を謳うものもあります。はてさて、そんな強弁で本来の目標が達成できるのでしょうか?
私たちは、5~6名での一斉授業を最適な規模だと考えます。教室全体で一つの課題に取り組み、教室全体が切磋琢磨する。と同時に教師は、一人ひとりの表情を見ながら授業外での補習を考える。それが親学舎の姿です。
授業だけを切り売りするつもりは、まったくありません。授業を核にして教えるものと教わるものが強い絆で結ばれ、共通の目標に向かって歩んでいく、そんな個別の関係を築き上げたいと願っているのです。
不思議なもので、立派な教材をどんと渡されると、それだけで宇宙の全体を手にしたような錯覚に陥ります。しかし、のどの乾いていない馬を名水の泉に連れて行っても無理に飲ませることはできませんし、飲んだとしてもおいしくありません。大切なのは、時期を見誤らないこと。のどが本当に渇ききっていたら、グラウンドの片隅で飲むカルキくさい水道水だって極上の味です。
教師の役割は、子どもたちの「本当」を見つめることだと思っています。一人ひとりが本当に必要とする時期に、一人ひとりに本当にあったものを、一人ひとりに本当にあったやり方で与えること。なかなか難しいですが、常にそれを心がけたいのです。
私たちの最大の目標は大学入試です。従って、高校生、高卒生が指導の主たる対象となります。中学生、小学生に関しては、大学入試を見据えた指導に絞ります。さらに、大学生、一般の方に対しても、知的好奇心を刺激する「学びの場」を築きたいと考えています。
そして、塾全体にみなぎらせたいのが「半教半学」の精神なのです。
学ぶことに終わりはなく、教えることも一方的なものではありません。先輩として教えることによって、教師もまた学びます。学んだ者がさらに教えあい学びあうような、濃密な「学びの場」、いうなれば知の共同体を作り上げることが私たちの理想です。